ロボテッチ通信

その教育費、過払い金になってませんか?

現役エンジニアの観点から、初等教育でプログラミングを学ぶ意味を考察してみた【前編】


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ともだちができた~ スイカの名産地ぃ~~
なかよしこよし~     スイカの名産地ぃ~~

ス・イ・カ・の・名・産・地ぃ~~(声張り気味)
いいですね。今日も朝から、近所の子どもたちがスイカの名産地を歌っている。

ハローYouTube.
だから、スイカの名産地はどこなんだよ一体!
ロボテッチです。
(2020年のスイカの産地1位は熊本県、2位は千葉県、3位は山形県)←1位だけじゃなくて3位ぐらいまでは調べておこう!天候に左右される作物は年によって順位が入れ替わるので!そして収穫のピークは6月中旬ね。うるせー

 

[目次]

 

大人は子供の才能を正しく評価できているのか

まず初めに、一般的に大人が子供の能力を判定する基準を整理する。ざっくりと、子供のやる気考える力を図で表し、そこに親の心配度を加えてみた。

大人目線の「できる子供」とは、青色のエリアの考える力があり、やる気もある子供である。正確に言えば、考える力があるように見えて、やる気があるように見える子供だ。では、黄色のエリアは「ふつうの子供」で、赤色のエリアは「できない子供」なのだろうか。

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うちの子には才能がない、という親もいる。自分には才能がない、という子供もいる。私はどんな子供でも何かに対して疑問に思う才能だけはあると確信を持っているので、教育者とは異なる観点から、今、初等教育でプログラミングを学ぶ意味を考察した。おそらく、君はまだ才能が開花していないだけ。そして才能を開花できる環境が整っていないだけ。

 

プログラミングを学ぶ意味

一口にプログラミングと言っても、アプリを作る?コーディング?命令する?ロボットを動かす?論理的思考?情報処理?など、一般の方からすると意味不明なワードが乱立する。何を言っているのか分からないと思うので、ロマンチックが止まらないロボテッチさんはプログラミングとは「やりたいことをカタチにする技術」と定義したい。特に初等教育でプログラミングを学ぶ意味は、以下の4つであると考える。

  • やる気がないと思われる人が輝ける
  • 自習力を身につけられる
  • 複雑な情報が読み解ける
  • ルールが作れるようになる

教育者の方々から、全然違うと言われそうだ。ま、私は最前線に15年以上いるので全然怖くないぜ。\(^o^)/ ←最近、使ってる絵文字が全体的にダサいとメンバーに言われましたが、全体的にっていうか絵文字は3.4種類しか使わないと16歳の夏に決めたので。一体、何があったのか!?

 

やる気がない奴と切り捨てられた人が実力を発揮する可能性

特に公立の学校では、やる気がない振る舞いをする生徒は排除の対象となってきた。昔から、我が国の学校教育はルールを逸脱することを良しとしていないようだ。経験上、やる気がない人に限って、なぜか"無駄に"こだわりが強いので、何を言っても無駄だ。やる気がないのだから仕方がない。梃子でも動かん。叱っても無駄。叩いても無駄。長時間、廊下で立たせても無駄。最近そんなニュース見たな。それならばと、自分が評価される場所は本当にないものなのか?と探してみると、現代社会には結構あるのだ。すぐに手を抜く奴に活躍の場なんてないと思うでしょ。すぐに手を抜く奴は立派な大人になれないなんて子供に言うでしょ。実際に、私はそう言われた時期が長かったが、田舎を飛び出してTokyo、そしてNew Yorkは大歓迎してくれたぜ。聞いているかハニー、ブラザー、シスター、かつての担任の先生!今度、お礼参りにでも。

やる気がない人はむしろwelcome

明治維新以降、急速な近代化と共に、やる気と考える力を持ち合わせる人だけが、表立って何かしらのポストに就くという社会の構図が出来上がったと推測する。現場作業を数十年やって管理職、そして経営者になっていくパターンとか。社会人経験の長い方は分かると思うが、現場作業の能力と会社経営の能力は求められるスキルが違ったりする。

世間では少しずつ何かが勘違いされていって、何かを勘違いした自称教育者の方々が学校教育でも「やる気があって、学校の勉強ができる人」を崇拝し、点数化して並べる制度が確立していった?これは、戦国の動乱まで遡ってみると何かが違うのではないか、と感じてくる。本当に、絶大な力を持つ将軍や、武士を束ねる武将の力の差だけで、戦の勝敗が決まったのだろうか?と。歴史はこういう観点で見ると超面白いっすよ。

 

小学4年生の自由研究で、甲斐の虎「武田信玄」について調べたことがある。戦国最強の武田軍については、武田信玄というリーダーのカリスマ性と、戦略指揮を補佐する「軍師」の活躍が数多く記録されている。歴史の授業では、カリスマ性のある武将の名前は暗記したと思うが、軍師って?どういうポジションの人かはあまり触れられない。軍師とは、策略を練り主君を勝利へ導く「型破りな発想」を次々と打ち出し、戦の進め方を武将に提案をする役目を担っている。信玄から絶大な信頼を寄せられて「我が両眼の如し」とまで言われる存在の軍師もいたようだ。

それが、現代のプログラマに求められる「考える力はあるが、やる気がない」タイプと似ているから面白い。う~ん、あそこの城を攻められるとだるいから、あっち潰しておこうかな。やっぱこっちの城かな、ってな具合だったのだろうか。

不毛な単純作業はむしろByeBye

なぜ、勉強をしないのか。なぜ、目の前の宿題をやらないのか。なぜ、計算ドリルをやらないのか。もちろん、マジで何もしたくない怠け者もごく僅かにいるとは思うが、なぜやらないのかと言えば、「めんどくさい」からだ。面白くもないし、何の役に立つのかを大人が教えてくれないからだ。たぶん、なぜやらなくてはならないのか、大人も良く分かっていないからだ。

私は大学生の時に、地域密着型の学習塾から、大手進学塾から、家庭教師を経験して色々なパターンの子供を見てきた。言葉を選ばずに言うと「バカだから勉強ができない」という子供は少なかった。「分かっている問題を繰り返す単純作業が面白くないから、勉強をしなくなった。なので、授業に付いていけなくなり、周りからバカと呼ばれるようになった。そして、勉強とは疎遠になった」という子供は沢山いた。こういった子供達の学力の底上げを、民間のサービス業である学習塾が担っている現状に、当時から疑問に感じていて、そうであってはダメだと思っていた。大人が簡単にやる気がない子供と判断してはいけないし、公教育も見捨ててはいけない。と、思っていたところにプログラミングの必修化が決まったので、少し遅かったかなと感じながらも期待している。

目立たないだけで、現代でも強い会社の経営陣には、高確率で優秀なプログラマが存在していたりする。私が優秀なプログラマかどうか、それはさておき、プログラムを書く時はいつも、うわー、こんな面倒な単純作業を2回も3回もやりたくない、じゃあツールでも作るか、という感じで、1回作ったら勝手に単純作業をやってくれるツールを作る。もう15年以上もそんな感じで、気分が乗らない日は仕事をしないし、昼寝しないと丸1日は働けないっす。でも、昼寝してる間も遊んでいる間も、プログラムが仕事してくれるっす。

 

具体的には、後編に続きます。