ロボテッチ通信

その教育費、過払い金になってませんか?

「なんとなく」が得意な人間と、それが苦手なコンピュータ


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[目次]

 

AI(人工知能)のおさらい

前回、AIとか人工知能とか、さらにはディープラーニングまで説明した。もうテレビでAI特集やっていても、「なんとなく」分かるのではないだろうか。これで、お子さんからの急な質問にも、ある程度は耐えられるようになったはずだ。

義務教育でプログラミングが必修になるそうなので、「AIって知ってる?」と聞かれると思う。

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少し取っ付き難い分野ではあるが、AIは既に人間の生活に溶け込んでいて、私たちに沢山の恩恵をもたらしている。

今回は、原点に立ち返って考えてみたい。

 

そもそも、なんで人間を真似するの?

どういうわけか、大昔から人間は「なんとなく」で生活をしている。顔がうろ覚えでも、髪型が変わっても、なんとなく知っている人だと分かる。

自分の靴を見ないで描くことができないのに、たくさんの靴が下駄箱にあっても自分の靴を見つけられる。(たまに違う靴履いて帰る人いるよね)

さっきまで読んでいた本のページを誤って閉じてしまっても、なんとなく、どこまで読んでいたか分かる。

こんなことができるのは、人間は「なんとなく」覚えるのが得意だからだ。

 

コンピュータは完璧に覚えるのが得意

受験生の頃に使っていた電子辞書は、英和辞典が丸ごと入っていて、辞書の1ページ目から最後まですべてを完璧に覚えていた。

それまで紙の辞書を使っていたので、軽量で調べる時間も短縮できるので、非常に重宝していた。しかし、1つでもスペルミスをすると、検索には引っかからないという使い辛さもあった。(2000年前後のため、もしかして?機能は当然のことながら非搭載。)

コンピュータは人間の真逆に位置し、モノを完璧に覚えるのが得意だが、完全に一致しないと、それが同じだと認識ができない。使う側のスキルが求められてしまうのは、なんだか不便に感じてしまうこともある。初見で誰でも使えるようにならなければ、イノベーションとは程遠いと感じる。

 

人間の「なんとなく」を認識させる技術

人間の世界で、人間の生活に役立つようにコンピュータを活用することを考えると、当然のことながら人間の「なんとなく」を認識させる必要があり、「完璧にしか覚えられない」ことがネックとなってくる。

人間の住む世界、すなわち自然界では、全く同じモノは存在しないからだ。同じリンゴでも、1つ1つ大きさも違えば形も違う。「違うもの」を「同じもの」と認識することができないと、商品にならないものを除く、大きさごとに分ける、といった自動選別は実現することができない。

街を歩いている人も、同じ「人」であっても特徴は様々だ。幼稚園児も、小学生も、おっさんも、おばあちゃんも、特徴は全然違うが同じ人間である。さらには、誰一人として同じファッションではないし、帽子やマスク、荷物の有り無しまでも考慮するとなると、そのパターンはどれほどになるだろうか。しかし、これらの違いを考慮して「歩行者」と認識することができないと、自動運転は実現することができない。

なんとなく大変なことは分かった。すごく時間が掛かりそうだ。だけど、我々は便利に暮らしたい!とにかく、楽になりたい!さあ、どうやって機械に認識させるのか。

そこで、「機械学習」の出番となった。

 

ということで、もう一回読んでください。

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